九州大学理学部地球惑星科学科 九州大学大学院理学府地球惑星科学専攻 太陽地球系物理学研究分野

研究紹介

シータオーロラの数値シミュレーション

太陽地球系物理学分野 准教授 渡辺正和

 オーロラ(極光)は高緯度で観測される現象ですが、極に近いほど出現頻度が高くなるわけではありません。遠い宇宙空間から地球を眺めると、通常オーロラは磁気緯度約65°–70°に広がるリングとして現れます。これをオーロラオーバル(auroral oval)と言い、極付近のオーロラが光っていないところを極冠(polar cap)と呼んでいます。ところが惑星間空間磁場が北向き時には、通常のオーロラオーバルに加えて、極冠内を夜から昼に亘るトランスポーラーアーク(transpolar arc)がみられることがあり、形がギリシャ文字のΘに似ているのでシータオーロラと呼んでいます。人工衛星で観測されたシータオーロラの例を示します[Frank et al., 1982]。北極上空から真空紫外光で撮影した写真で、左上が太陽方向、右上が朝側になります。


図1 北極上空の人工衛星で観測された
シータオーロラ[Frank et al., 1982]

 シータオーロラは珍しい現象で、磁気圏で何か特殊なことが起こっている場合にのみ見られる現象です。その成因については長らく謎でしたが、観測から、強い北向き惑星間空間磁場が続いている時に、惑星間空間磁場の朝夕成分が反転すると現れることが多いことが分かりました。その際、トランスポーラーアークは夜側のオーロラオーバルから昼に伸びていくのではなく、朝側または夕側のオーロラオーバルからはがれて極冠内にドリフトしていって形成されることも分かりました。近年のコンピュータ能力の向上により、電磁流体シミュレーションでシータオーロラを再現できるようになりました。図2にシミュレーション例を観測と比較する形で示します。上段は人工衛星で観測された北半球のシータオーロラで[Cumnock et al., 1997]、磁気緯度-磁気地方時の極座標系で表現してあります。上が太陽方向(12時)、右が朝側(6時)になります。①の後、惑星間空間磁場は朝方(6時)方向から夕方(18時)方向に反転しました。時間は①→②→③→④と進みます。その結果、北半球では朝側のオーロラオーバルがはがれ、極冠内にドリフトしてシータオーロラが形成されました。下段はこれを電磁流体シミュレーションで再現したものです。朝方ではがれたオーロラオーバルがトランスポーラーアークに成長していく様子がうまく再現されています。


図2 (上段)観測[Cumnock et al., 1997]と(下段)数値シミュレーションによるシータオーロラの比較。

時間は左から右に流れる。


図3 数値シミュレーションで求められた沿磁力線電流

 地球科学の基本は観測ですが、観測には様々な制限があり、得られるデータは断片的です。数値シミュレーションにはそのような制限はなく、任意の時刻の任意の場所における物理量を知ることができます。以下はシータオーロラが十分発達した時の沿磁力線電流分布を示すものです。図中の黒い太線は磁力線のopen–closed境界で、オーロラオーバルと極冠の境界を表しています。夜側から昼側に向かって突き出た構造があり、これがトランスポーラーアークに対応します。北半球では朝側からオーロラオーバルがはがれてトランスポーラーアークになりましたが、南半球では逆で、夕側からオーロラオーバルがはがれてトランスポーラーアークに成長します。色は沿磁力線電流の強さを表しています。特徴的なことは、トランスポーラーアークに北半球では電離圏から出る電流が、南半球では電離圏へ入る電流が付随していることです。このような沿磁力線電流はこれまで観測で報告されたことはありません。しかしそれはシミュレーションが現実離れしていることを必ずしも意味しません。上述のように観測データには多くの制限があります。広い宇宙空間で図3のような2次元マップを作ることは観測では不可能です。断片的なデータからいくつかの仮定の下、全体を想像します。これまで観測報告がなかったのは、図3のような沿磁力線電流を念頭に観測データを眺めた人がいなかっただけです。我々は数値計算の精度を上げてより現実的なシータオーロラを再現する研究と、その結果を観測的に検証する研究を同時に進めています。