多圏複合系の科学―太陽地球系物理学概観
太陽地球系物理学分野 准教授 渡辺正和
(1) 太陽地球系物理学
太陽からは可視光が放射されて地球の生命活動に大きな影響を及ぼしていることはよくご存知だと思いますが、実は可視光以外にも、太陽は電波・X線・高エネルギー粒子・磁場を放出しています。気象学が主に太陽放射に関連する現象を扱っているのに対し、太陽地球系物理学は太陽からやってくる高エネルギー粒子と磁場が地球に及ぼす影響を研究する学問分野です。その扱う対象は、地球の上層大気から惑星間空間に至る広大な領域をカバーしています。
Kivelson and Russell[1995]の図を部分修正。
(2) 太陽風
太陽からやってくる粒子は「太陽風」と呼ばれています。「風」というと何かさわやかなものを思い浮かべるかもしれませんが、その速度は約400km/s、温度は約100,000Kで「風」のイメージからは程遠いものです。 高温であるため、太陽風は中性の粒子ではなく、電子とイオンに完全に電離した状態にあります。この状態は「プラズマ」と呼ばれており、電気伝導をもつ流体として扱うことができます。また、太陽風は太陽から磁場を引きずり出し、地球周辺の惑星間空間には5-10nT程度の磁場(惑星間空間磁場)が常に存在します。この磁場は非常に弱いですが、太陽風のエネルギーを地球に伝える上で重要な役割を果たしています。
(3) 磁気圏
ところで、地球は磁気モーメントで約8x1022 Am2の固有磁場をもっています。電磁気学で学んだように、真空中の磁場は導体の中に入っていけません。言い換えれば、磁場は導体を跳ね返します。したがって太陽風が地球に吹き付けると、地球の周辺に太陽風が入っていけない「空洞」ができます。これが「磁気圏」です。いま、「空洞」と書きましたが、実は地球磁場による太陽風の遮蔽は完全ではなく、観測によると太陽風起源のプラズマが磁気圏にたくさん侵入してきています。このように太陽風と磁気圏は相互作用をしていて、この相互作用を解明するのが太陽地球系物理学の大きな研究テーマのひとつです。磁気圏は太陽風と同じくプラズマの世界です。
(4) 電離圏
一方、地球は比較的濃い中性の大気をもっています。太陽からの紫外線が当たると、中性大気の一部は電子とイオンに電離します。これにより、大気の上層部に「電離圏」が形成されます。ここで注意しておきたいのは、電離圏といっても、電離しているのは大気全体の高々0.1%程度であることです。電離圏においては、プラズマと中性大気の力学だけでなく、中性大気とプラズマの相互作用・化学反応までも考慮しなければならないので、その正確な扱いは格段に難しくなります。
(5) 多圏複合系の物理
太陽地球系物理学では、太陽風・磁気圏・電離圏をひとつの複合系(compound system)として扱います。太陽風・磁気圏のプラズマが高温で圧縮性の電磁流体であるのに対し、電離圏プラズマは低温で非圧縮性の電磁流体です。このように性質の異なる複数の領域を磁力線が貫いています。その結果何が起こるかというと、各領域は独立に振舞うことができず、お互いに情報をやりとりしながら全体として自己無撞着になるような方向に系が落ち着こうとします。このとき各領域間で情報を伝達するのが磁力線に沿って流れる「沿磁力線電流」です。沿磁力線電流がどのように生成され、どのように閉じているかを調べることは、太陽地球系物理学における大きな研究テーマのひとつです。
もし、自己無撞着性がある時突然崩れたら...。これが極端な形で現れる現象が磁気圏サブストームです。サブストームはオーロラの爆発的発達を伴い、これまで多くの研究者が興味を持って取り組んできました。しかしその物理機構は未解明で、太陽地球系物理学における最重要課題のひとつです。
(6) 九州大学における研究
太陽地球系物理学研究室では、グローバル数値シミュレーションと観測データ解析を組み合わせて、磁気圏・電離圏のプラズマ対流、沿磁力線電流、サブストームなどを研究しています。太陽風・磁気圏・電離圏の複合系が織り成す現象は複雑でかつ広大な領域に亘るため、断片的な観測データの解析・解釈だけでは限界があります。近年のコンピュータ能力の著しい向上は数値シミュレーションという新しい研究手法を可能にしました。一例を示します。図2は惑星間空間磁場が真北向きで北半球が真夏の時の磁気圏をシミュレーションしたものです。赤線は磁場トポロジーを決定する境界面(セパラトリックス,separatrix)を、白線はプラズマ対流を表します。プラズマがセパラトリックスを横切って流れているのが見られます。実はこれは磁力線の再結合(リコネクション)が起こっていることを示しています。そしてその結果駆動される電離圏対流が、正に観測されていることがわかりました。これは観測データを眺めるだけでは中々思いつかないことです。一方、シミュレーションも万能ではなく、結果がもっともらしいかどうかは観測事実と照合しないといけません。また観測事実はこのようなシミュレーションを行う動機づけになっています。地球科学ではまず現象ありきで、どんな理論も現象に制約されます。現象論とシミュレーションを組み合わせた総合的な手法で、現象の背後にある本質的な物理過程を抽出することが我々の目標です。
図2 惑星間空間磁場が真北向きで北半球が真夏の時の磁気圏構造。左が太陽方向。上図は真昼と真夜中を通る子午面、下図は赤道面。赤線はセパラトリックスを、白線はプラズマ対流を表す。赤道面でのセパラトリックスはY=0に対して対称なのでY<0のみ示してある。背景はプラズマ圧を色で表してある。