セッション 地上多点観測 報告書


参加者:
    大崎裕生   (名大・STE D2 座長)
    松井 洋   (東大・理 M1)
    渡辺 修   (九大・理 D1 座長)
    肘井敬明   (九大・理 M2)
    Colqui Roberto (九大・理 M2)

1.はじめに

 日本の研究機関が中心になって稼動させている地上多点観測(主に磁場観測)ネットワークの代表的なものに、210度地磁気経度(名大STE研)、赤道域(九州大学)、そしてカナダのサブオーロラ帯(東京大学)に設置された多点観測網がある。これらの多点観測網は、それぞれ独自の「狙い」をもって企画されたものであり、これまでそれぞれ独立に成果をあげてきている。これらの多点観測網は、地表での各々の観測点分布から

 210度:現象の緯度方向の伝搬/構造の解明
 赤道域 :現象の経度方向の伝搬/構造の解明 、 赤道エレクトロジェット
 カナダ :サブオーロラゾーン〜極域での詳細な構造の解明

に対して特に有効であり、これまでは主にこの特徴を生かした研究がなされてきた(以降2、3章参照)。
 本セッションでは、210度/赤道域それぞれの多点観測網データーを使って研究を進めている2人の若手研究者に、最新の研究成果について報告してもらった。また、その2人に多点観測網のデーターを使う際に生じる問題点を指摘してもらい、それらの問題点をどのように解決していけばいいかについてディスカッションを行った。以下にその概要を報告する。尚、研究報告やディスカッションのテーマは、報告者2名の主たる研究分野であるPi 2地磁気脈動(以下Pi 2)やPi 2に深く関連した現象(地磁気湾型変化やオーロラの光度変化など)を中心にして行われた。

2.210度地磁気多点観測網による成果

<210度地磁気多点観測網の概要>

 210度地磁気多点観測網(以下210度)は、地磁気経度210度の子午線に沿って同一の観測精度を持った磁力計を配置し、グローバルな地磁気変化を観測しようという目的で設置された多点観測網である(図1)。設置されている磁力計はフラックスゲート型で、0.1[nT]の精度の1秒値が記録されている。現在では地磁気経度210度の子午線以外にも必要に応じて観測点を設置しつつある。また、オーロラ全天カメラやフォトメーター等も一緒に設置してある観測点もある。210度の観測精度は、YUMOTO et al(1992)にまとめられている。この論文には、グローバルキャビティーモード的な特徴を示す特殊なPc 3地磁気脈動についても記されている。また、YUMOTO et al(1994)では、210度で得られたPi 2に関する初期的成果がまとめられている。ここでは、このセッションの座長の一人である大崎(名大STE研)らの研究から、210度で見えてきたPi 2の緯度方向のプロファイルについて紹介する。

<これまでに210度によってわかってきたこと>

 図2(a)(b)に、母子里(MSR;地磁気緯度37.76度)、Chokurdakh(CHD;64.75度)で観測されたPi 2の例を示す。このイベントで、他の210度観測点で観測されたPi 2(ここでは示さない)のデーターとの比較を行うと、中低緯度で観測されたPi 2と高緯度で観測されたPi 2は、次の様な関係があることが推測される(高緯度と中低緯度については後で定義する)。

・ H成分(地磁気の北向きが正)は、中低緯度側と高緯度側で位相がほぼ out-of-phaseの関係に なっている。また、観測されるPi 2の振幅は、中低緯度ではほぼ等しいが、高緯度ではその約10 倍である。
・ D成分は北半球と南半球で位相がほぼout-of-phaseの関係になっている。また、観測されるPi 2 の振幅は、高緯度になるほど大きくなる。

 イベント数を増やして統計的な性質を調べるために、次のような処理を行った。まず観測されたPi 2のバックグラウンドの長周期変化にマルチスプライン関数のフィッティングを行い、そのバックグラウンドをさしひくことによってPi 2の変動成分だけをとりだした。次に、取り出された各Pi 2の変動成分にフーリエ解析を適用し、生のスペクトルを計算した。この生のスペクトルを使って、各観測点と母子里との間の振幅比、コヒーレンス、位相を求めた。このうち母子里との振幅比と位相(共にH成分)とを地磁気緯度に沿ってプロットしたものを図3 (a)(b) に示す。位相のプロファイル(b) を見ると、Magadan(MGD;53.70度)以下の中低緯度のステーションはよく似た性質を示し、CHD はまた違った性質を示している。この図から、Pi 2は、中低緯度(L<4)ではグローバルに同じ波形が見えていて、高緯度ではそれとは違ったものが見えている可能性が示唆される。ただし、高緯度でも相関のよい現象に限って言えば、H成分の位相が反転していることがわかる。ここで注目すべき点は、L=4にある Zyryanka(ZYK;59.70度)でのPi 2のH成分の振る舞いである。ZYK でのPi 2の位相は、中低緯度と同位相を示す場合と高緯度と同位相を示す場合がある。また、振幅も高緯度のPi 2と中低緯度のPi 2の中間的な値を示している。これは、この辺りに中低緯度で見られるPi 2と高緯度で見られるPi 2の遷移領域があることを示唆している。

<210度によるPi 2の研究から見えてきた問題点>

pi 2は、夜側半球ではグローバルに観測される現象である。また、赤道域(時には中緯度でも)では昼間側でも観測される。夜側と昼側のPi 2の比較研究から、Pi 2は全地球的にグローバルに起きている振動であるという推測がされている。しかし、このような経度方向の分布を調べるのには、210度だけではなく他の観測点(網)との連携をする必要がある。また、210度の観測データーには地下の電気伝導度(恐らくは海岸線による)の影響が現れている観測点がある(例えば図3(a)のGAM)。このような影響は、今の所は大勢には影響が無いが、将来的には考慮する必要が出てくると思われる。更に、これまでの所は210度の磁場データーのみを使って地球近傍の宇宙空間で起きていることについて推測するような研究が主であった。しかし、今後は直接観測やリモートセンシングで得られる電場、粒子の運動等のデーターと組み合わせて、推測の根拠をより確かな物にしていかなければならない。これらの点については4章でもう少し詳しく述べる。

3.赤道域地磁気多点観測網

<概略>

 緯度方向に展開されている210度観測網に対し、磁気赤道をメインターゲットとする九州大学の赤道域観測網には、それなりの目論見があったのだろう、1993年11月現在、図に示された30点ものステーションの開設が成し遂げられている。
「目論見があったのだろう」といったのは、私(渡辺)自身、目下、「我々が赤道で(から)観ているものは(例えばPi2脈動)果たして磁気圏で起こっている何なのか?」、「なぜ赤道にこだわるのか?」、という疑問に対する自分なりの答えを探しているような状況であると言う意味である。

<若手による研究テーマ、成果>

 赤道域観測網のデータを用いてなされている解析を簡単に紹介する。

 ・赤道エレクトロジェットに関する解析。

 ・磁気脈動(Pi2, Pc4 等)の位相構造に関する解析。
------- 磁気赤道付近における緯度方向の位相は、昼間において Dip-equator が Off-dip よりも遅れている。

 ・太陽風データ(IMP-8)との比較解析。
------- 赤道域磁場変動と太陽風圧(速度)の変化の相関。

 ・静止軌道衛星の粒子フラックスデータとの比較解析。
------- Pi2の励起と静止衛星高度での粒子フラックスの増加(インジェクション)の相関。

 ・オーロライメージ(昭和基地)との比較解析。
------- Pi2 onset と Aurora break up の同時性。
------- オーロラの輝度変化と地上磁場変動(赤道H成分)との良い相関。

 以上5つ程項目を揚げたが、特に後半の3つは、「地上ー衛星」或いは「地上磁場ーオーロラ」といった比較解析による成果である。そういった比較解析の積み重ねが、先の<概略>の最後で言った疑問の答えを見つけるのには必要なプロセスであろう。

<今後の課題>

 これまでの「地上ー衛星」、「地上磁場ーオーロラ」といった比較解析から、どうやら我々が赤道で観ている磁場変動は、磁気圏で起こっているであろうダイナミクスをかなり鮮明に反映しているものであるな、という印象を受ける。例えば今流行の「磁気圏サブストーム」に関して言えば、オンセット時刻をかなり正確に決めることができるデータと言えそうである。
赤道チェーンのデータセットのみで片付けていける(議論できる)テーマも一方ではあるのだが、地上磁場多点観測データを軸足としたうえでの衛星或いはオーロラデータ解析は、やはり面白くなっていくだろう。

4.地磁気多点観測網のやり残していること

<複数の多点観測網の組み合わせによる発展の可能性>

 第2章で紹介したように、210度は緯度方向での現象の変化をとらえるのに適している。しかし、実際にはPi 2は経度方向にも広がりをもっている。特に、低緯度では昼間側でもほぼ同時に観測されることは、興味深い問題である。このような経度方向に広がった現象をとらえるには、210度単独で観測を行うよりも、経度方向を見るのに適したステーションと組み合わせて調べてみる必要がある。この目的のためには、第3章で紹介した九州大学の赤道域のネットワークは非常に強力なステーションであろう。また、L=4付近でのH成分の位相の逆転を詳しく調べるなら、東大がカナダに展開している地磁気多点観測網が非常に強力なステーションとなりうる。STE研の大崎らは、これまでの所210度を中心にして研究を進めてきた。しかし、210度で観測されたことの中から、他の観測網を使ってさらに深く調べたい興味深い問題も見つかった。赤道域やカナダのデーターを使って研究している研究者も、同様に自分が主に使っている観測網以外の観測網のデーターを参照する必要を感じている。多点観測網の発達によって理解された地磁気現象はたくさんあるが、その反対に多点観測が始まったことによって突きつけられた新たな疑問点も非常に多い。こういう疑問を解決するための1つの手段として、今後は複数の多点観測網のデーターを相補的に組み合わせて研究を行う必要が増えてくるであろう。

<地下の電気伝導度モデルの導入による発展の可能性>

 通常、我々が地上の磁場観測データーを使って磁気圏/電離圏の現象を研究する際には、地下構造は均一であると仮定して解析をしている。しかし、現実には地下構造は均一ではなく、この影響が観測データーに影響を与えていることが知られている。特に、地磁気を使って地下の電気伝導度を研究している人達の一群がいることには注意を喚起しておく必要があるだろう。極論を述べれば、我々と地下の電気電動度を研究している人達は、同じ磁力計のデーターを使っているのに、一方では地下構造を均一だと仮定して電離層や磁気圏のことを解析していると考えており、他方では電離層電流が均一だとして地下の電気電動度構造を解析していると考えているのである。勿論、それぞれの扱う対象の空間的な広がりが違うので、同一のデーターを使って別々のことを研究していても不自然ではない。しかし、もしこの知識を相互に利用することができれば、これまでになされてきた研究よりも飛躍的に精度をあげて現象を解析することができる可能性があるのである。特に、地下構造の研究者達によって得られた知識を我々超高層大気を研究している人間が取り入れることは、その逆よりもはるかに容易であると考えられる。なぜなら、地下構造の影響の変動するタイムスケールは、我々が観測している超高層大気の現象に比べると非常にゆっくりであり、定常だとみなせ、従って観測を繰り返して正確なモデルをつくることが可能だからである。また別の理由として、地震波探査やボーリングによって地下構造を調べ、その結果をフィードバックしてより正確な地下構造のモデルにしていくこともできる。更には、地中に埋めた電極を使って、実験的に地下の電気抵抗の構造を求め、それを取り入れることも可能なのである。このようにして得られた地下構造のモデルを使えば、観測データーから地下構造の影響による成分だと予想される部分の大半を取り除くことができるであろう。我々が現在以上に精度をあげて電離層や磁気圏の研究をする最には、地下構造の影響を考慮することは非常に有効な手段であり、また必須だと考えられる。

<地磁気多点観測と他の観測データーの相補的利用>

地磁気最近ネットワーク観測のデーターと他の観測データーとを組み合わせた研究、以前から行われてきたが、現在でも非常に有効である。例えばリモートセンシングとしては光学的な観測データー(例えば地上の全天カメラやフォトメーター、衛星のUVイメージデーター)、レーダーによる電場や粒子(密度・運動)のデーターがあ。また直接観測のデーターとしては、衛星で観測された電場や磁場、粒子の分布関数や密度のデーターの利用がある。この種のデーターを使った研究は、これまでの所観測点の密度や時間分解能が十分ではなかったため、研究の主流ではなかった。主流は地上磁場の観測データーから宇宙空間で起きている現象について推定することであったように思う。しかし、現在ではこのような観測手段によって得られる情報も多くなっており、観測点の分布や時間分解能も十分になりつつある。今後はこのような観測データーと地上多点観測のデーターを組み合わせることによって、現象のモデルを直接的に証明するような研究をすることが必要である。

  文責: 1、2、4章 :大崎裕生
          3章 :渡辺 修

 参考文献:

Kitamura,T., O.Saka, M.Shimoizumi, H.Tachihara, T.Oguti, T.Araki, N.Saito, M.Ishitsuka, O.Veliz and J.B.Nyobe, Global mode of Pi2 wave in equatorial region - Defference of Pi2 mode between high and equatorial latitudes, J. Geomag. Geoelectr., 40, 621-634, 1988.

Saka,O. and H.Tachihara, A compact magnetometer data acqusition system with accurate chronometer, J. Geomag. Geoelectr., 38, 221-230, 1986.

YUMOTO,K., H.OSAKI, K.FUKAO, K.SHIOKAWA, Y.TANAKA, S.I.SOLOVYEV,G.KRYMSKIJ, E.F.VERSHININ, V.F.OSININ, and 210゜MM MAGNETIC OBSERVATION GROUP, Correlation of high- and low-latitude Pi 2 magnetic pulsations observed at 210゜magnetic meridian chain stations, J. Geomag. Geoelectr., 46, 925-935, 1994.

YUMOTO,K., Y.TANAKA, T.OGUTI, K.SHIOKAWA, Y.YOSHIMURA, A.ISONO, B.J.FRAZER, F.W.MENK, J.W.LYNN, M.SETO, and 210゜MM MAGNETIC OBSERVATION GROUP, Globally coordinated magnetic observations along 210゜ magnetic meridian during STEP period: 1.Preliminary results of low-latitude Pc 3's, J. Geomag. Geoelectr., 44, 261-276, 1992.